インフォメーション
ページ目次/機能
釧路町原水爆禁止啓発事業について
2015年8月31日
写真パネル展の様子
写真パネル展の様子
 釧路町は、昭和60年に「核兵器廃絶・平和の町宣言」を行っているまちとして、世界平和の願いを込め、広島、長崎で行われる原水爆禁止世界大会へ町民の皆さんを派遣しています。  また、7月から8月には、写真・パネル展を行って、世界平和を訴えています。  この事業をきっかけに、一人でも多くの方が、戦争の悲惨さを知り、「平凡な日常」や「当り前の平和」の中で生活できることが、どれほど幸せであるかを知っていただければ、ささやかではありますが、世界平和に貢献できるものと思います。

原水爆禁止世界大会参加レポート

参加レポートについては、下記添付ファイルをご覧ください。
  • 2006年(平成18年)…………村越節子さん/田畑千代志さん
  • 2007年(平成19年)…………中田育世さん/昆野澄子さん
  • 2008年(平成20年)…………田村美緒さん
  • 2009年(平成21年)…………山手敏夫さん
  • 2010年(平成22年)…………(派遣なし)
  • 2011年(平成23年)…………千葉智美さん
  • 2012年(平成24年)…………清佐直江さん
  • 2013年(平成25年)…………中家治子さん
  • 2014年(平成26年)…………山手信夫さん
  • 2015年(平成27年)…………前川奈美子さん
  • 「写真パネル展&ビデオ上映会」来場者から寄せられた感想

    釧路町在住 女性  (平成18年)

     地獄さながらの絵図を見て、胸がつまりました。何の罪もない子供達が大勢犠牲になる。いたましい戦争はもうたくさんです。広島県出身の夫と数年前に広島の原爆ドームを見てきましたが、もう二度と戦争がおこらないようにと心から願っています。

    釧路町在住 女性  (平成18年)

     本当に恐ろしいと思いました。  信じられないです。本当の事だとは忘れないようにどんどん知らない若者にも教えてほしい。  映画なども上映してください。二度と起きないように。涙が出そうになります。  母は広島県呉出身、私も広島県十日市出身です。原水爆反対!!戦争なくなれ!!

    釧路町外在住 男性  (平成18年)

     世界平和のために皆んなで協力し、戦争をなくしましょう。

    居住地不明 女性  (平成18年)

     かわいそうで、かわいそうで涙が出ます。

    釧路町在住 20代女性  (平成19年)

     戦争は二度としてはいけません。  痛みを感じるのは終わったあとなのだから、未来の子どもたち不幸にする権利は私たち大人が作ってはいけません。

    釧路町在住 40代男性  (平成19年)

     アメリカはマンハッタン計画という大プロジェクトをせいとうかしたいため、自分たちのしたことをいいこととして日本人のことを何もかんがえずいっている。

    釧路町在住 20代女性  (平成19年)

     展示されている写真を見て涙ぐんでしまいました。本当は写真をみるのもすごく勇気がいりました。  原爆による被害の映像や写真はテレビ等でも目にする機会はあるのですが、傷ましくて見ているのがつらくなります。  自分は戦争を知らない世代なので写真等でしか知ることができません。  修学旅行で広島の原爆ドームに行きましたが、その時に知らないことがたくさんあると思いました。  本当は目をそらしたくなるような歴史かもしれませんが、少しでも多く戦争を知らない世代の人たちにも伝えていくべきだと思いました。そして、戦争のない平和な時代がくることを心から祈ります。

    釧路町外在住 20代女性  (平成20年)

     涙をこらえることができません。  戦争を知らない28歳なので、とってもとーっても衝撃的。  私はずっと前からボランティアをやりたくて考えすぎて行動にとることができなかったですが、こちらの写真展をきっかけに行動にうつしたいです!!必ず!!  今でも世界各国で紛争があるのは超悲しい。切ない。  私でも平和のために何かできると思う。  えらそうで生意気だが、世界を変えるような行動をしたい。  感謝します。この写真展に。ありがとうございました。

    釧路町外在住 20代女性  (平成20年)

     戦争が世界から一日でもはやくなくなってくれる様願います。

    釧路町在住 70代女性  (平成20年)

     以前、原爆パネル展を見て地獄さながらの絵図を見てではじまる感想を述べた者です。  今回、平和市長会議の加盟都市として認定されたことを知り、本当にうれしく思っております。  アメリカが戦争を早く終わらせ、犠牲者をこれ以上増やさないために原爆を落としたとテレビで言っていましたが、その非人道的な考えは許されません。  それに第二次世界大戦後、13年間66回も核実験を続けたことを知り腸が煮えくりかえる思いです。

    釧路町外在住 50代女性  (平成20年)

     今日は、釧路町の教育委員会の方に調査物のお願いに来ました。  係の方の親切な対応に心を温かくして二階から降りてきて、この展示があることに気づきました。  原爆投下からもう70年近くなるが忘れてはいけないことを、町民に促すこの取り組みにまたぬくもりを感じました。

    釧路町在住 20代男性  (平成20年)

     涙がでてきて言葉になりませんでした。  今の平和があるのは戦争の時代があったからかもしれません。  その事を国民一人ひとりが心に留め、戦争で亡くなった人たちの死を無駄なものとしないようにこれからも生きていく責任があると感じました。

    釧路町外在住 20代男性  (平成20年)

     平和のためには、エコが大切だと思います。  最近、天災も増えてきていると思います。  身近なところからできることをやっていく必要があると思います。  それを推進するためにも、役所には色々と頑張っていただきたいです。

    釧路町在住 70代女性  (平成21年)

     最近ラジオで聞きました。  原爆は3発あり(原料はプルトニウム)その威力を確かめる目的で日本に投下されたと。  人口の多い場所、市内に山のないところ、捕虜収容所のないところ、広島、長崎の他に3箇所の候補地があったこと。  今日、第2回下関原爆展で冊子読みましたら、アメリカ帝国主義が戦後の日本を支配するために、ソ連の参戦であせって原爆を投下したとのこと。  マッカーサーが、原爆投下は軍事的にみればまったく不必要である。日本は降伏の準備をしているとの文章を読んで、アメリカの今だに日本の為に戦争を早く終結させる目的で投下したという言葉は、どう考えても許せません。

    釧路町外在住 30代男性  (平成21年)

     8月6日、9日、15日の3日間は、戦火に倒れた方々に思いをはせ、しのんできました。  戦後65年を経て、記憶の風化が進んでいるように感じられます。  そのような中、教育の大切さを強く感じています。  継続的な取り組みに向け、教育に関わる方々の連携を期待しています。と同時に私自身もそうですが、当時を知る体験者の方々から直接聞く姿勢の大切さを感じています。  すぐにでも取りかかりたいと、パネル展を拝見し、強く思いました。

    釧路町在住 40代女性  (平成23年)

     ちょっと用事があり、役場へ来ました。  原爆パネル展を見て、だんだん忘れかけている広島、長崎のことを又思い出しました。  最近は、TVでもニュースでも8/6、8/9のことをサラッとしか流されず、関連番組も減ってきているように思います。  だんだん体験者がいなくなるので、記憶がうすくなることのないよう、こういうパネル展等を行うことは大切だと思いました。  やっぱり、原発も違うエネルギーへ転換すべきだと考えます。  日本だけじゃなくどこの国も考えてほしいなあ…と。

    釧路町内在住 10代女性  (平成25年)

     原爆などの核兵器は、この世にあってはならないと思う。  今も世界のどこかでは戦争をしているけれど、権力はまず争いなどのことで解決してはならない。  平和は、自国だけが平和になればそうとはいえないと思う。  だから、みんなで協力し信頼しあえる世界をつくらなきゃいけないと思う。  このようなことは二度とあってはならない。  無意味で人の命をうばうのは、絶対にいけないことだと思う。
      総務部総務課総務係 〒088-0692 北海道釧路郡釧路町別保1丁目1番地 電話 : 0154-62-2271 (FAX : 0154-62-2713)
      総務部総務課総務係 電話:0154-62-2271 FAX:0154-62-2713
    © 2001-2020 KUSHIRO Town , All rights Reserved.